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八木木箱のこだわり

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八木木箱三代目 八木勇達のこだわり
 
私たちは決して主役ではありません。
しかし「主役を守る…」
それが私たちの仕事です。
 

 
木箱の歴史を遡ると遠く6 世紀まで遡るといわれています。
仏教伝来とともに中国から伝わったとされています。朝廷への献上品を入れる木製容器が起源とされる説が有力のようです。
 
 
安土桃山時代、千利休が茶の湯を起こして、当時の戦国武将たちの間には能とお茶が武士のたしなみとして流行しました。一国一条の主のステイタスとでも言ったらよいのでしょうか ある種のブームだったようです。まぁ、今で言うとちょっと前までのゴルフみたいなものでしょうか茶の湯の影響でそれ以前は生活雑器としての価値しかなかった陶器に大きな価値が生まれました。
 
こぞって名品と呼ばれるものを手にしたいと、武将たちはそれぞれの国元で陶器や磁器を焼かせて自慢したかったのかも知れません。太閤秀吉が朝鮮出兵を企てたのは当時の朝鮮で隆盛を誇っていた高麗青磁の陶工達を連れてくる為だったという説もあるぐらいです。
 
現に出兵の再に日本に渡ってきた「李参平」は現在の佐賀県有田の地で良質なカオリン(磁器の土)を探し当てそこに窯を設けました。その後隆盛を誇る有田焼の始まりです。現在では「李参平」は有田焼・陶磁器の祖といわれています。
 
 
せともの(瀬戸物)の起源は諸説ありますが、7 世紀末あたりから須恵器が、10 世紀になると現在の瀬戸市近郊で釉薬を施した灰柚茶碗や山茶碗がたくさん焼かれていたといわれています。
(現在でも瀬戸市の南の猿投古窯(さなげこよう)の窯跡からはおびただしい量の茶碗の破片が出てきます。)
 
 
陶祖・加藤四郎左衛門景正(かとうしろうざえもんかげまさ)が13 世紀にこの地で良土を発見し窯(かま)を築いたのが瀬戸焼(せとやき)の始まりですね。
 
前置きが長くなりましたが、このように陶器に価値が生まれるとそれを収納する容器が必要になりました。ここで意匠機能を持った木箱が生まれます。
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